以東岳いとうだけ(標高1771m)

 2004年(平成16年)10月23日(15年前)の記録と記憶を思い起こしながらの以東岳(1771m)。
 山仲間が以東岳避難小屋泊を平成16年10月23日(土)、24日(日)は天気が良いからと決定です。朝日村大鳥泡滝ダム駐車場所からの登山。泡滝ダム登山口6:50分頃、冷水沢吊り橋を渡り大鳥小屋(タキタロウ小屋)前で休憩中に肌寒くなる。雨具を着用して以東岳に向かう、三角峰周辺の木々に霧氷が着いていた。オツボ峰、以東岳三角点、以東小屋へ着き水取に行く。登山口出発時間の違う3人を待つ。霰が降る中に姿があり小屋着(16時10分頃)、小屋2階は賑やか山形、新潟、朝日縦走など総勢15名程、各々夕食と飲み会が始まる、楽しく賑やかに過ごしていると突然ガタガタガタと小屋が激しく揺れた“何だ”“地震だ”と叫ぶ声、火を消せ、怪我してないかと誰かが叫ぶ、今何時だ、18時前と誰かが答える。携帯は圏外、と叫ぶ。すると新発田市の人が無線連絡を始める、途切れ途切れの交信で情報を得た。新潟が大変だが何処か不明、新発田市は何とか大丈夫、山形県側は大丈夫らしいの情報あり。ヘッドライト頼りに身の回りを整える。すると下山しようかと言うグループ、いや、明日の朝、明るくなったら行動しよう、全員が納得。各グループで早朝下山を決めた様子、我々は朝6時30分頃小屋を出ると決め、各自寝袋を出し就寝(登山道や駐車場は大丈夫かなどと寝付かれず)


以東岳(1771m)
尾根登山道からの以東岳、周辺の木々は霧氷(10/24)


以東岳一等三角点
大鳥池が真下に見える山頂(10/24)


以東岳避難小屋・寒い朝(6時50分頃)
各グループ薄暗い中、直登コースを下山した様子(10/24)


以東岳避難小屋と影以東岳(7時15分頃)
天気が良いので頂に登り仲間を待ち撮影(10/24)


飯豊連峰、大朝日岳など
昨夜小屋泊の方がいろいろと山を説明(10/24)


大朝日岳(1871m)
中先峰、三方境、北寒江山、寒江山、南寒江山、竜門山、西朝日岳、大朝日岳と
縦走路が続く山並み


至オツボ峰・大鳥池・至大朝日 標柱
三角点の場所より少し離れている頂、日本海方面を望む(10/24)


天気が良くて思わず笑顔
無事に下山できるか不安な胸の内を抑えて(10/24)


山頂からオツボ峰へ
霧氷の登山道、鳥海山、月山が見えた尾根(10/24)


以東岳山頂と小屋を望む
霧氷、オツボ峰周辺の風景(10/23)


大鳥池の姿を観る
三角峰からオツボ峰周辺で見る大鳥池(10/23)


大鳥小屋(タキタロウ小屋)
両日とも大鳥池は穏やか、登り下り休憩(10/24)

 早朝4時~5時頃各グループが直登コースで下山、“慌てないでね”と声を 掛け見送る。朝食を済ませ6時30分頃小屋を出る。オツボ峰コース、 大鳥小屋で登山道の様子を聞くと泡滝ダム駐車場は何ともないと返事あり、 安堵したものの不安を互いに隠しながらの下山でした。
 あの日から15年も経つのかと思うのです。

朝日新聞2019年(令和元年)10月24日(木)朝刊より
中越地震から15年
最大震度7を記録し、死者68人の被害が出た新潟県中越地震から、23日で 15年、約2200人の住民が全村避難した旧山古志村(現長岡市)では追悼式があり、発生時刻の午後5時56分に犠牲者の名前を刻んだ「希望の鐘」を ついて住民らが黙禱(もくとう)した。とありました。
黙禱

15年前の2004年(平成16年)10月23日(土)、 24日(日)の以東岳避難小屋泊登山記憶より
東田川郡朝日村、現在は鶴岡市になっています。

撮影・文 吉田善春
蔵王山岳インストラクター協会会員
JMGA資格認定・登山ガイドⅡ
撮影 平成16年10月23日(土)、24日(日)
文 令和元年10月24日(木)

前回の以東岳
平成28年6月21日(火)晴~22日(水)晴 撮影 撮影
前々回の以東岳
平成16年10月23日(土)~24日(日)撮影
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